文化CULTURE

長谷川和芳 | その映画、星いくつ?第11回 2023年12月 『ナポレオン』『PERFECT DAYS』

「月に2本」という限られた枠のなかで、いい映画を見極め劇場に足を運び、観た作品をレヴューするという企画。


音楽サブスクはApple Musicを愛用している。毎年この時期になると、「Replay」と題して個々のユーザーの1年間のリスニング・データがアップされる。


これがまったくもって眉唾もので、なぜか「2023年に一番聴いたアルバム」として、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンの『Acme』のデラックス版が挙げられている。1998年にリリースされた盤がなぜ?


ちなみに2位はプリファブ・スプラウトの『ヨルダン:ザ・カムバック』。こちらは1990年の作。いや、両方とも名盤ですけども。


トップソングがボーイジーニアスの「True Blue」ってのはわかるけど、2位がスロウタイ、3位がAmaaraeっては解せない。好きだけど、そんなに聴いたか?





アルバム、曲と異なり、「2023年に一番聴いたアーティスト」はまともで、トップは高橋幸宏だった。2023年に逝去して、しばらくは幸宏ばかり聴いていたから、間違いないだろう。


11月にリリースされた鈴木慶一選曲、砂原良徳リマスターのEMI時代のベストは、サブスクに入ってないけど、すばらしい仕上がりで、サブスクで聴けたら、あと20時間くらいはリスニング時間が上乗せされたんじゃないか。


EMI時代の1991年に、幸宏はクリスマス・ソングを2曲発表しているのだけど、僕が好きなのは鈴木慶一選曲ベストには収録されていない「神を忘れて、祝えよ X'mas Time」。ガザやウクライナからの悲惨なニュースが後を絶たない2023年の冬に聴くと、いっそうしみる。


クリスマスは、本来キリスト生誕を讃えるイベントだけど(キリストの誕生日ではないと某ラジオ番組で知る)、ここで幸宏は、「信仰してる宗教は色々あるんだろうけどさ、クリスマスはそういうのを忘れて祝おうよ」と歌っておる。キリスト教を信仰しろってことではなくて、宗教から離れてただ祝え、祈れと歌っておる。


どうゆーこと? 自分の命があることを祝い、世界の人々が命をつなげられるように祈れと。


「西の神様も東の神様も砂漠の神様も、神なんて忘れてクリスマスを祝えよ」とは言うものの、宗教を全否定しているわけではない。「それぞれが神を畏れて祝えよクリスマス・タイム」とも歌っているし。神様もいいけど、クリスマスくらいは「人間」に目を向けようということだろう。ヒューマニズムたいせつ。


作詞は、ベスト盤にこの曲を選ばなかった鈴木慶一!! ムーンライダースもいいんだけど、彼の詞は幸宏が歌うと、センチメンタリズムが薄れて、なんか凄みみたいなものを感じる。


いまとなっては、この曲自体が「祝い」であり「祈り」なのかもしれない。2023年を生き抜けたことを祝い、2024年が平和な年になるように祈ろう。そして、幸宏や2023年に旅立って行った人たちのご冥福を祈ろう。



12月の獲れ高】


しんみり。


気を取り直して、12月のおさらいを。


1本目

ナポレオン

公式サイト:https://www.napoleon-movie.jp

20231202日(土)ユナイテッド・シネマ キャナルシティ13

事前期待度 ★★★1/2

獲れ高   ★★★


「クリスマスに平和? そんなんいらん」と言ったかどうかは知らないけれど、とにかく戦争に明け暮れたナポレオンの生涯を描いた大作。キャッチコピーは、「【英雄】と呼ばれる一方で、【悪魔】と恐れられた男」。実際に観てみると、この【英雄/悪魔】が、プライベートではキモいおっちゃんだったという内容だった。


ホアキン・フェニックス扮するナポレオン、妻であるジョセフィーヌ(演じるはヴァネッサ・カービー)に執着しすぎ。相手の気持ちは完全無視なのに、「なんで俺を愛してくれんの?」と嘆く。哀れ。そんな役にカリスマ性を纏わせるんだから、やはりホアキン・フェニックスはすごいんだろう。


しかしだ・・・・・・。


  • ジョセフィーヌへのポゼッションが権力へのモチベーションになった……ような、そうでもないような。
  • ジョセフィーヌを失った途端に、ナポレオンのツキが落ちた……ようにも思えるんだけど、展開が淡々としすぎてわかりにくい。
  • ジョセフィーヌはナポレオンを愛していた……ようにも思えるんだけど、彼女もまた権力に取り憑かれていただけか?


こんな感じで、ナポレオンとジョセフィーヌの関係性には消化不良な印象が残るし、全体的な構成もメリハリに欠けているので、戦闘シーン以外にグッとくるとこはあまりなかった。ホアキン・フェニックスの熱演はすばらしいけど、だからと言って、ナポレオンに感情移入できるとこゼロだし。


この映画、上映時間158分と長尺だけど、監督のリドリー・スコットによると、270分の完全版が存在するらしい。この人、こういうの好きね。『ブレード・ランナー』とか『ブラックホーク・ダウン』もエクステッド・ヴァージョンを発表している。


270分ヴァージョンでは、上に述べた不満点は解消されているかもしれないけど、だから映画としておもしろくなるかどうかは別問題。『ブラックホーク・ダウン』もシーンを追加する前のオリジナル版の方が締まってて好き。


そもそも、270分ヴァージョンがお目見えするとしたら、間違いなくApple TVでだろう。でも、合戦のシーンはお茶の間のテレビでよりも大スクリーンの方が堪能できるはず。特にクライマックスのワーテルローの迫力はスクリーンでしか再現できないだろう。


ドラマは置いておいて、戦闘シーンを満喫するなら、ぜひ、映画館へ!



2本目

PERFECT DAYS

公式サイト:https://perfectdays-movie.jp/#

20231223日(土)ユナイテッド・シネマ キャナルシティ13

事前期待度 ★★★★★

獲れ高   ★★★★★


「木漏れ日」は、この映画のキーワードとして、あちらこちらで語られている。実際、終劇後に「木漏れ日」という言葉を解説する一文が出てくるしね。平凡な日常のなかで見つけたさやかな幸せ。「木漏れ日」が象徴しているのはそういうもの。


でも、木漏れ日は光だけではなく、そこに影も落とすことを忘れちゃいけない。


映画の序盤、木漏れ日に目を細める平山さんの心にも、終盤には、影が落ちてくる。平山さんのミニマルな暮らしは凪の海のよう。しかし、海面下で、その心は常に揺れ動いていたわけで、物語が進むにつれて、水面が波打ってくる。


「すべての世界は繋がっているように見えて、別個に存在する。繋がっていない世界がある」なんてことを平山さんは言う。


それは正しいのかも。しかし、一度切り離された世界が繋がりを回復することもあるし、そのままずっと繋がっているはずの世界が、あっけなく関係を終えることもある。そんな、関係の途絶と回復が平山さんの心を掻き乱す。人である限り、まったく波風の立たない生き方なんてできないのだ。


でも、平山さんは、いつも静かだ。心乱れる出来事に出逢っても、森羅万象とシンクロすることで心をリセットし、新たな1日を笑みを浮かべて迎える。劇中で流れるニーナ・シモンの「Feeling Good」のように。


"新しい夜明けだ/新しい一日だ/わたしの新しい人生だ/イエイ"


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なるほど。だから、平山さんは常に前向きに一日を始められるのね、などとと思ったんだけど、この曲を聴く平山さんの表情の移り変わりを見て、間違っていたことに気づく。


そもそも、「Feeling Good」もカラ元気な感じの歌で、"わたしの新しい人生"なんて簡単に手に入るものじゃない。そもそも、「昨日」を引きずらないまっさらな"新しい一日"なんてありえるんだろうか。


ありえない。平山さんはそれを知っている。だから、この曲を聴く平山さんの表情は目まぐるしく変わっていく。


誰もが過去を抱えていて、なかには痛みを感じる記憶もある。そして、その記憶は、前触れもなく脳裏に甦り心を苛む。その一連の心の動きを表情で表す。その感情は、海の底に隠しておくことができないもので、荒々しく波立つ水面は、平山さんの穏やかな日常を飲み込んでいく。それを、ただ表情で表現する役所広司のすばらしさ。


その記憶がどんなものなのかは、観客にはわからない。


その前夜に余命いくばくもない男(演じるは三浦友和)と知り合いになることを踏まえると、なにか「死」に関連した記憶かもしれない。


平山さんは男と影踏みをして遊ぶ。


木漏れ日と影。


「死」「過去」「後悔」「孤独」「絶望」


光につきまとう影。平山さんの笑顔の陰にある影。


答えは、ない。


人生は複雑。答えが簡単に出るはずもないんだな。穏やかな映画なのに、最後は観客も心をかき乱される。静かだけど、決して退屈しない。期待通りの傑作だった。


ヴェンダースは、さすがに街の切り取り方がうまい。僕が知っている東京がちゃんとスクリーンに映っている。観光用にブロウアップされた風景ではなく。ろちろん、音楽の使い方も効果的(ニック・ケイヴは、ヴェンダースの映画で知った)。ニーナ・シモンの「Feeling Good」のように、平山さんのカーステレオから流れる曲は、ちゃんとシーンと連動している。聴き返したくなるプレイリスト。


でも、音楽で一番インパクトを残したのはカセットテープでかけられた曲ではなくて、登場人物の一人がギターに合わせて歌った曲だったりする。この意表をついた感じもいい。


役者は、役所広司と絡む女優陣がすばらしい。ニコ役の中野有紗とアヤ役のアオイヤマダ、そして歌声を披露するあの方も。田中泯は、なんか物語に絡んできたらやだなぁと思ってたけど、ただクネクネしてるだけだったからよかった。



1月はこの映画に賭ける!】


1月は全体的に公開作が小粒。そんななか、1229日公開のホラー映画2本の評判がいい。


サンクスギビング』は、タイトル通り、毎年感謝祭(サンクスギビング・デイ)に行われるスーパーセール「ブラック・フライデー」をめぐる狂騒曲が、殺人事件に発展するというもの。血しぶきが舞い散りまくるそうな。グロくて笑える???


NOCEBO/ノセボ』はよりオカルトチック。同じグロでも、血しぶきではなく虫系? 脚本がなかなか練られているという評判。ある日主人公は「ダニに寄生された犬の幻影に襲われる」。それが悪夢の幕開けだったって、うむ、気持ち悪い。


なにも新年早々、ホラーを観なくてもいいよな。もっとめでたいやつはないのか?


シリーズものでは『エクスペンダブルズ ニューブラッド』が15日(金)、『アクアマン/失われた王国』が112日(金)に公開。正月らしいと言えば正月らしい。でも、思い入れはないので、二の足を踏んでしまう。


原作マンガ、アニメともに評判をとった、日本映画の話題作『ゴールデンカムイ』もついに公開。完全に乗り遅れてしまったので、予告を観てもなにがなにやら。119日(土)公開。


ある閉ざされた冬の山荘で』は東山圭吾の小説の映画化。期待の若手俳優陣が結集とのこと。うーむ。室内劇みたいだし映画館じゃなくてもよさそう。112日(金)公開。


韓国のディザスター・ムービー『コンクリート・ユートピア』は、本国で大ヒット。しかし、これ系って『白頭山大噴火』といい『非常宣言』といい、荒唐無稽すぎて結局シラけてしまう。少なくとも、「『パラサイト 半地下の家族』に続く傑作」ってのは言い過ぎじゃない?


もう一本、朝鮮半島関連。「ユートピア」という言葉がタイトルで逆説的に用いられている点も共通。とは言え、こちらは北朝鮮脱北者の逃避行を描いたドキュメンタリー作品、『ビヨンド・ユートピア 脱北』。おぉ、そんなの撮れるんだ。サンダンス映画祭でセンセーションを呼んだのもうなずける。112日(金)公開。


北朝鮮からみでいけば、年内1229日(金)公開の『宝くじの不時着 1等当選くじが飛んでいきました』は、6億円の宝くじをめぐり、韓国軍と北朝鮮軍の間でドタバタが繰り広げられるコメディだ。韓国では、公開前はシカト状態だったらしいけど、クチコミで評判を呼び、週間の興行収入1位を獲得したらしい。なんか・・・・・・めでたそうでいいね!


ドキュメンタリーといえば、119日(金)には、福岡ソフトバンクホークスの歴史を振り返る映画が公開。なぜか一般料金2400円。さすが、ホークス。ボルなぁ。


126日(金)公開で気になる作品が2本。まずは、けったいな世界観が話題を呼びそうなエマ・ストーン主演の『哀れなるものたち』。あらすじを読んでもなんだかよくわからないけど、ゴールデン・グローブ賞で7部門ノミネートと、期待値は高い!


もう一本は、シルヴィア・チャンが金馬奨最優秀主演女優賞を獲得した2022年製作の『燈火(ネオン)は消えず』。地味だけど「涙止まらぬ感動作」という触れ込み。


2本とも観るとしたら2月に入ってからかな。となると、2月に観る作品が、この時点で確定してしまうことに・・・・・・。




1月の2本★ 期待度は5点満点


決めました。


ベトナムでは韓国映画興収歴代1位!

宝くじの不時着 1等当選くじが飛んでいきました

期待度 ★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:評価なし

20231229日(金)公開

2022年製作/韓国映画/上映時間113

監督:パク・キュテ

出演: コ・ギョンピョ、イ・イギョン ほか

公式サイト:https://takarakujimovie.com




ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞

哀れなるものたち

期待度 ★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:評論家 93% 観客 94%

20240126日(金)公開

2023年製作/イギリス映画/上映時間141

監督:ヨルゴス・ランティモス

出演: エマ・ストーン、ウィレム・デフォー ほか

公式サイト:https://www.searchlightpictures.jp/movies/poorthings




吉と出るか凶と出るかは、来月のお楽しみ!


第10回 2023年11月『ゴジラ -1.0』『首』

第12回 2023年1月 『宝くじの不時着 1等当選くじが飛んでいきました』『哀れなるものたち』

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

1969年、福岡県のディープエリア筑豊生まれの編集者・ライター。414Factory代表。メインの業務は染織作家の家人の話し相手。