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長谷川和芳 | その映画、星いくつ?第13回 2024年02月 『瞳をとじて』『落下の解剖学』

「月に2本」という限られた枠のなかで、いい映画を見極め劇場に足を運び、観た作品をレヴューするという企画。


五十路のワタクシ、相変わらず情弱である。情報弱者ね。映画については、この企画があるので、『Filmarks』『映画.com』といったWEBサイトをチェックして、なんとか公開作をフォローしている。


問題はそれ以外のジャンルなのだ。


まず、ライヴの情報をまったく追えていない。解散を発表したCHAIが、福岡最終公演を開催することを知った日には、すでにその夜の予定を入れていた。THE STREET SLIDERS、サンパレスに来るんかぁ~と気づいたときには、チケットはすでに売り切れていた。





スライダース、観たかった。


TVドラマも同様で、NHK大河の『光る君へ』は、予告を結構観る機会があったので、初回に間に合ったが、話題のNHK連続テレビ小説『ブギウギ』には乗り遅れた。


川栄李奈主演の『となりのナースエイド』(日テレ系・水曜10:00~)は、たまたま(原因不明)初回を録画していて、それから毎回観ている。病院を舞台にしたコメディかと思いきや、サスペンス風味もあって、なかなかおもしろい。夏芽さん役の吉住の顔芸が毎回楽しみ。


もう一本、初回から観ているドラマがある。宮藤官九郎脚本、阿部サダヲ主演の『不適切にもほどがある!』だ。音楽プロデューサー、松尾潔氏がX(旧Twitter)のポストで絶賛しているのを目にし、初回を慌ててTVerで追いかけ視聴。2回目以降はしっかり録画して観ている。松尾潔さん、会ったことないけど、ありがとう。


タイムスリップが巻き起こす騒動が毎回繰り広げられ、ある意味、謎解きの要素もあるんだけど、さすがクドカンの脚本、毎回間違いなく笑える。ミュージカル・シーンが賛否両論らしいけど、毎回、笑ってしまう。


あと名言が毎回炸裂。たとえば、第4回に出てきたセリフ。


「おっぱいは好きだけど、おっぱいだけが好きかもしれない」


「オレの愚か者がギンギラギンにならねぇ」


阿部演じる主人公、小川の昭和な「不適切」ぶりも痛快だし、第3回で本人役を演じた八嶋智人も最高だった。「最後にはなんとかする男、八嶋」って、本人役だけど本人のパーソナリティとはちょっと違うのが、また笑いを誘う。


あと、小川の娘、純子の中森明菜に寄せたメイクとか、80年代の再現については、やたらと芸が細かい。


そして、このドラマは、笑っておしまいじゃないとこがいい。観終わるといろいろと考えてしまう。


3回。主人公、小川がセクハラのガイドラインとして「自分の娘にしてほしくないことはしない!」とブチ上げたことに対し、巷では喝采が巻き起こった。でも、個人的には、このシーンにはすごく違和感を覚えたのよね。





松尾潔氏は、「娘に限定するのはセクハラだという批判がある」とラジオで言ってたけど、いや、いや、そういうこと以前に、そもそも、人権てすべての人間に適用されるもので、「自分の身内にしてほしくないことは、相手にしない」って理屈は、裏を返せば、身内だと思えない連中には、ひどいことしてもOKってことになるんじゃないかと。


そうだとしたら、外国人ヘイトまであと半歩。ただ、この価値観を肯定したまま、ドラマが終幕を迎えるとも思えない。クドカンだし。


ここまでのドラマでは、現代のコンプラ&ポリコレ社会を否定することで、80年代をパラダイスみたいに描いているけど、そんな単純な話ではないだろう。最終的には、80年代と現代に共通した日本の病巣が浮き彫りになるんじゃないかと個人的には思っとるのです。


その予想が正しかったかどうかは、ドラマが最終回を迎えた後に検証しよう。



2月の獲れ高】


では、2月のおさらいを。今月は地味&滋味深い2本。<<ネタバレあり>>


1本目

瞳をとじて

公式サイト:https://gaga.ne.jp/close-your-eyes/

20240210日(土)kino cinéma天神

事前期待度 ★★★★★

獲れ高   ★★★★



映画が始まってしばらく「悲しみの王」と名付けられた屋敷を舞台としたシークエンスが続く。「あれ? 入るスクリーンを間違えた!?」・・・・・・と本気であわててしまった。


実は、主人公であるミゲルが監督を務め、彼の親友であるフリオが主演した映画の一場面だったわけだけど、むっちゃ完成度が高い。ミゲル、映画監督として才能あったんだなぁ。


その劇中映画の中で、ユダヤ人の大富豪とフリオが演じる人物との間にこんなやり取りがある(以下はだいたいの感じ)。


大富豪 「キミはマトモな人生を築くことに失敗したんやろ。ワタシにはわかるよ」

フリオが演じる人物 「マトモな人生ってなんすか?」

大富豪 「仕事があって住む場所があって、家族がいていい友人が近くにいる。そんな感じ?」


実は、この映画を撮ったミゲル自身が、この「マトモな生活」を手に入れることができなかったことが、徐々に明かされていく。友達には結構恵まれている方だけど、やりがいのある仕事をもっているわけでもなく、住処は立ち退きに遭う寸前だし、家族は犬だけ。


ミゲルはかつての恋人であるロラを訪ね。昔の記憶をたどる。ミゲルが自分の人生に自覚的だということが、この場面で明らかになる。曰く(以下はだいたいの感じ)「僕らが若いころに切望していたものがなんだったか、覚えてる? そう、居場所だ。僕らはそれを手に入れることに失敗しちゃったみたいね」


一方、映画の撮影現場から姿をくらまし、そのまま22年間行方不明となっていたフリオは、記憶喪失の状態で高齢者施設にいるところを発見される。彼の記憶を取り戻そうとするミゲルの献身的な奮闘ぶりが、映画後半のメイン。


なんのために?


ミゲルはなにを取り戻そうとしているのか?


フリオの施設での日常を眺めていると、彼がここに居場所を得たことがわかる。毎日仕事があり、ささやかながら住まいもあり、家族と言える修道女もいる。ミゲルには叶えられなかった暮らしを、フリオは手にしている。


しかし、フリオには友人はいない。ミゲルとは真逆の環境にフリオはいるわけだ。


エリセ監督の2本の傑作『ミツバチのささやき』『エル・スール』は、ともに映画がすごく重要な存在なんだけど、今作では、映画が記憶を象徴しているという点で、『エル・スール』に近い。


映画=記憶は、常に失ったものを想起させ心を苛む。それは呪縛のように登場人物にまとわりつくのだ。


『エル・スール』の主人公の父親は、映画に出演しているかつての恋人を目にしたことをきっかけに、あり得たかもしれないけど、現実には失われてしまった人生に囚われる。


一方、今作のミゲルは、映画を鍵としてフリオの記憶を呼び覚すという考えに取り憑かれる。


しかし、その「記憶」ってやつは、フリオが生きていくうえで本当に必要なものなのか? ミゲルのように、記憶をたどって失ったものを悔いるくらいなら、むしろ空っぽの心のままに生きた方がいいんじゃないのか?


フリオがとった行動は、この映画のタイトルの通りだった。瞳を閉じるということは、結局、心を閉ざすということなんだろう。誰にも近づけない一人ぼっちの場所で、生きていくことをフリオは選ぶ。


ミゲルにはミゲルの、フリオにはフリオの「老い方」があるということ。すべてを手に入れることが無理だとしたら、なにを選ぶのか。そんなことを迫られる日は、僕にとっても遠い話ではないのだった。


今作はエリセ監督の旧作のような絵画的な圧倒的な映像は観られない(劇中映画以外)。そこは予想外。過去じゃなくて、現実を語っているからか。


そして、すべてが語られないのは、いつものエリセ。


だからこその深み、余韻。今よりも歳とったときにまた観たくなるんだろうな。



2本目

落下の解剖学

公式サイト:https://gaga.ne.jp/anatomy/

20240224日(土)T・ジョイ博多

事前期待度 ★★★★★

獲れ高   ★★★★


サスペンス映画とか法廷映画とかいう以前に、すごく恐い映画。


小説家サンドラは、彼女の夫、サミュエルを殺したのか否か。それが物語の発端なんだけど、物語が過去と現代を行きつ戻りつするうちに、そこはどうでもよくなってくる。それよりも、サンドラとサミュエルとの本当の関係へと興味が移る。サンドラが言うように仲がいい夫婦だった? それとも、外からは見えない感情が、家庭のなかで渦巻いていたのか?


最終的に浮かび上がるのは、自らのエゴと息子への愛情に引き裂かれてしまったサミュエルと、残酷なサンドラの本性なのだった。


救いなし。


だって、映画のクライマックスは、裁判で明かされる事件前日の夫婦喧嘩の様子なのよ。緊迫感がヤバい。いきなりなんかサミュエルがキレてて、サンドラは最初はそれを冷静にいなそうとしている。それが、サミュエルの怒りに油を注ぐ。


理屈としては、サンドラの言い分はごもっとも。サミュエルは、サンドラの文才に嫉妬し、自分の才能のなさをサンドラに転嫁しているように思える。しかし、相手を非難する言葉の応酬の末、互いの怒りのボルテージが最大になったところで、サンドラの残酷さが顔を見せる。サミュエルの心の傷口をえぐるような言葉を投げつけるのだ。


このプロセスがむっちゃリアルで、いたたまれなくなる。そして、観客は事件の真相を知るのだ。サンドラがサミュエルを手にかけたかどうかは、もはや、問題ではない。この喧嘩の時点でサミュエルの心は死んじゃったんだよ、きっと。


さらに裁判の過程で、サンドラは自分の潔白を証明するためとはいえ、再三、サミュエルの心の弱さを強調し、社会的にも彼を殺す。彼女の言い分は、「サミュエルは心が弱かったから死んじゃったのは仕方ないことだったんよ」ということだ。


しかし、最終的に、サンドラはサミュエルのもっていた弱さではなく優しさによって救われる。それは、サンドラへではなく、息子のダニエルに向けたものだったんだけど。ダニエルは、ある事情で視力に障害を負っている。サミュエルは、それが自分のせいだと思っている。実は、彼だけではなく、サンドラも同様に感じている。


最終盤、ダニエルは記憶のなかのサミュエルとの会話をたどり、法廷で語る。ここで感じたのは、サミュエルの息子への無償の愛。いかに彼が息子のことを気にかけ、どれだけその幸せを祈っているかが、ググッと伝わってくるのだ。このシーンによって、サミュエルが単に「心が弱い人」だったわけではなく、慈愛に満ちた繊細な人物だったことがわかる。


ダニエルが証言したこの父についてのエピソードによって、「サミュエルは自殺する意思をもっていた」と判断される。皮肉だ。でも、ダニエルがこの日のことを覚えてくれているだけでも、少しはサミュエルも救われるんじゃなかろうか。


サンドラはと言えば、裁判で勝った夜、弁護士のチームとにぎやかに祝杯を上げる。自ら命を絶たなければならなかったサミュエルへの鎮魂の情なんてのはゼロ。「裁判に勝ったら、なにかご褒美のようなものがもらえる気がしていた」なんて言う始末だもの、冷血ここに極まれり。


とりあえず、裁判は一件落着し、サンドラが刑務所に行く必要はなくなったわけだけど、彼女のこれまでの所業に対する報いはこれからやって来る。夫との思い出は世間に蹂躙され、浮気やバイセクシュアルであることを暴露された彼女は、「不道徳で不誠実」という汚名を背負って生きなければならない。


そして、彼女にとって、一番の悲劇は、ダニエルも、父を死に追いやったサンドラを赦せないのではないかということ。サンドラが心のどこかで、ダニエルが視力を失うきっかけとなったサミュエルを恨んでいたように。


母が父にひどい言葉を投げかける音声を、彼は法廷で聴いてしまった。つまり、母が父を「殺した」ことを知っているのだ。


サンドラ、サミュエル、そしてダニエル。映画を観終わると、この家族が三者三様の孤独を抱えて生きてきたことがわかる。つながっているようでつながってない。それがこの家族の真実の姿だった。それが顕になる過程を、淡々と丁寧に描ききったトリエ監督、少なくともオスカー脚本賞はかたいんじゃなかろうか。



3月はこの映画に賭ける!】


3月は待ちに待った大作の続編が公開。その話は最後に。もう一本は何を観るかが非常に悩ましい。注目作は日本映画が多め。


意外にも前評判が高いのが、リュック・ベッソン監督のバイオレンス・アクション『DOGMAN ドッグマン』。主演のケイレブ・ランドリー・ジョーンズが孤高のダーク・ヒーローを演じて絶賛を浴びている。38日(金)公開。


ARGYLLE アーガイル』は、『キングスマン』シリーズのマシュー・ボーン監督による新たなスパイ・アクション。全米では公開週に興行収入1位を獲得したが、評価は割れている。Rotten Tomatoesを見ると、観客支持率72%に対し、批評家支持率は33%という酷評ぶり。確かに予告を観た限りでは、あまりワクワクはせず。31日(金)公開。


リリー・フランキー主演の『コットンテール』は日英合作映画。監督・脚本は、パトリック・ディキンソンというイギリス人。イギリスの湖水地方を舞台に家族の再生が描かれるらしい。31日(金)公開。


ピエール瀧主演の『水平線』はどうだろう。妻を亡くした男の話ってのは『コットンテール』と重なる。ピエール演じる主人公は散骨業が生業というので。よりヘビーなのかな。38日(金)公開。


間宮祥太朗&佐藤二朗主演の『変な家』はミステリーなのかホラーなのか。予告を観たけどイマイチわからず。原作小説はあまり評判がよろしくないみたい。315日(金)公開。


日本映画&音楽絡みで一本、マルチな才能を爆発させているGEZANのフロントマン、マヒトゥ・ザ・ピーポーの初監督作も捨てがたい。兵庫県明石市を舞台とした『i ai』。主人公の兄役の森山未來が、いつもの感じで鼻につくけど、小泉今日子をはじめ(そこからはじめるんか!)、ゲスの極み乙女のドラマーでもあるヒロイン役のさとうほなみ、主演に抜擢された富田健太郎、ヤクザ役の吹越満など、なかなかいいメンツ。福岡では315日(金)公開。


ドキュメンタリーで注目なのが、ロックンロールのオリジネイターの一人、リトル・リチャードのドキュメンタリー『リトル・リチャード アイ・アム・エヴリシング』。この人の人生は本当に自由で、映画にするのにピッタリ。弟子と言ってもいい、ポール・マッカートニーも出演。プリンスが存命だったら、彼のコメントも欲しかった。31日(金)公開。


さらには、1967年アメリカの伝説となったフェスの記録映画『MONTEREY POP モンタレー・ポップ』の4Kレストア版も公開。ジャニスやオーティス、S&Gと(こう書くと昔の音楽雑誌みたい)と、錚々たるミュージシャンが出演しているけど、2024年に観てどんな意義を見出せるか・・・・・・。福岡では322日(金)公開。


3月29日(金)には、クリストファー・ノーラン監督の問題作&傑作と名高い『オッペンハイマー』がついに日本公開。観に行くのは確定だけど、この公開タイミングだと4月に回すしかない。


忘れちゃいけない、冒頭で挙げた「大作の続編」は、『デューン 砂の惑星PART2』。続編があると知らずに観に行ったPART1から2年半弱。原作も読んだし、準備は万端。315日(金)公開。



3月の2本★ 期待度は5点満点


決めました。



圧倒的な映像美はIMAXで体験すべし

デューン 砂の惑星PART2

期待度 ★★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:評論家 97% 観客 記録なし(全米公開前)

20240315日(金)公開

2024年製作/アメリカ映画/上映時間166

監督:ドゥニ・ビルヌーブ

出演: ティモシー・シャラメ、ゼンデイヤ ほか

公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/dune-movie/






マヒトゥ>森山未來!この映画は見届けねば

i ai

期待度 ★★★

Rotten Tomatoes 支持率:記録なし

20240315日(金)公開

2022年製作/日本映画/上映時間118

監督:マヒトゥ・ザ・ピーポー

出演: 富田健太郎、森山未來 ほか

公式サイト:https://i-ai.jp








吉と出るか凶と出るかは、来月のお楽しみ!


第12回 2023年1月 『宝くじの不時着 1等当選くじが飛んでいきました』『哀れなるものたち』

第14回 2024年03月 『デューン 砂の惑星PART2』『i ai』


長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

1969年、福岡県のディープエリア筑豊生まれの編集者・ライター。414Factory代表。メインの業務は染織作家の家人の話し相手。