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転がる石のように名盤100枚斬り 第9回

転がる石のように名盤100枚斬り 第9回

#92 20 Golden Greats - BUDDY HOLLY (1978)

20 ゴールデン・グレイツ』- バディ・ホリー


今年12月に最新作が公開される『スター・ウォーズ』シリーズの生みの親と言えば、ジョージ・ルーカスだが、彼の出世作となった映画は?



『ジョーズ』? そりゃ、スティーヴン・スピルバーグ監督ですがな。



『ジョーズ』から遡ること2年、1973年に公開された『アメリカン・グラフィティ』がそれだ。1950年代半ばから1960年代初頭のヒット曲、いわゆるオールディーズにのせて、ベトナム戦争直前、アメリカがまだイノセントだった時代の青春模様を描き、世界中でヒットした。


日本では『アメグラ』という愛称で親しまれたこの映画が、劇場公開から年月がたち、僕が小学校高学年の頃、筑豊の片隅でオールディーズ・ブームを巻き起こしたことを覚えている。


おそらく、『アメグラ』がテレビの洋画劇場で放映されたことがきっかけだったんだろう。Wikipediaによると、テレビ初放送は1980年、僕らが小学校5年生の年なので、記憶と合致する。誰がどうやって手に入れたのかも覚えていないけど、カセットテープにダビングされた『アメグラ』のサントラを、取り憑かれたようにみんなで聴いていた。


炭鉱の名残がそこかしこに残る田舎町で聴いたオールディーズは、ワクワクするような興奮を与えてくれた。「ここではないどこか」に連れて行ってくれた。なんだかわからないが、今までに聴いた音楽(おもに歌謡曲)とは明らかに違った。とにかくカッコよかった。あの時、僕らは、生まれて初めてロックンロールの快楽を味わったのだった。


そのブームが、僕らの間でどのくらい続いたのかは覚えていない。いま思えば、ほんの一瞬だったのかもしれない。小学校6年生の頃には、僕はもうビートルズにハマっていたし、中学で仲良くなった2人の友人は、YMOのファンとオフコースのファンだった。あのブーム以降にオールディーズを真剣に聴いたことはなかったような気もする。



故郷の炭鉱町以外でも、1980年にオールディーズ・ブームはあったんだろうか?



『ローリング・ストーンが選んだ史上最も偉大なアルバム』92位は、ロックンロールのオリジネイター、バディ・ホリーのベスト盤だ。彼の曲は、『アメグラ』のサントラにも2曲収録されている。


1978年、筑豊の町でオールディーズ・ブームが起こる2年前に、イギリスで編集・発売され、なんと、イギリスのチャートで3週連続1位を記録している。ヒットしただけあって、サウンドがクリアで耳触りがいい。その分、期待していたオールディーズならではのヴィンテージ感はあまりない。


知っている曲が多いも意外だった。とは言っても、聴いていたのは、カバー・バージョンだけど。つまり、カバーされるほどのいい曲が揃っているということか。


「ノット・フェイド・アウェイ Not Fade Away」はザ・ローリング・ストーンズのバージョン(1964年)、「イッツ・ソー・イージー It’s so Easy」はリンダ・ロンシュタットのカバー(1977年)でおなじみ。『アメグラ』でも流れた「ザットル・ビー・ザ・デイ That’ll Be The Day」は、ザ・ビートルズがデビュー前にステージで演奏(『アンソロジー 1 Anthology 1』に収録)していたし、「ワード・オブ・ラブ Word of Love」は、同じくザ・ビートルズが、4枚目のアルバム『ビートルズ・フォー・セール Beatles for Sale』(1964年)でカバーしている。「ペギー・スー Peggy Sue」は、ロックンロールの金字塔とも言える曲で、ジョン・レノンがアルバム『ロックン・ロール Rock’ n’ Roll』(1975年)でカバー。


ジョンに限らず、ザ・ビートルズ・メンバーのバディ・ホリー愛はかなりのもので、その楽曲を神聖視していたとも伝えられている。ジョンは、近眼だったが、人前でメガネをかけるのが苦痛だった(思春期かよ)。でも、バディ・ホリーがメガネをかけてロックンロールを演奏するのを見た後は、人前でも平気でメガネをかけるようになったそうな。つまり、ザ・ビートルズのメンバーにとって、バディ・ホリーは、アイドルだったんだなぁ。


ちなみに、バディ・ホリーがメガネを取った写真は、ジョンに似てる(より正確に言うと、息子のジュリアン・レノンにそっくり)。ジョン自身も「俺ってバディにクリソツじゃん」と思っていたんじゃないか(ますます思春期)。


ジョン・レノンをはじめ多くの若者が、バディ・ホリーに心酔したのは、筑豊の小学5年生がオールディーズに夢中になったのと同じ理由だったんじゃないだろうか。「今日よりも明日がいい日になるはず」という確信。いま聴いても、1950年代のアメリカの音楽からは、そんな無邪気な楽天性を感じる。


映画『アメグラ』の劇中に「「バディ・ホリーが死んでロックンロールは終わった」というセリフがあるらしい(僕は覚えていない)。思えば、ロックンロールとともに、いろんなものが終わったのかもしれない。


後世、数々のアーティストに影響を与えただけのことはあって、上記で挙げた曲以外にも、聴きどころは多い。アルバムの18曲目に収録された「ボ・ディドリー  Bo Diddley」(オリジナルはボ・ディドリー )を聴いて、「これ、確か、ヴァンパイア・ウィークエンドがカバーしてたよなぁ・・・・・・」と思い検索するも、結局見つからず。まぁ、おっちゃんの勘違いなんだけど、バディ・ホリーが、現代に通じる音楽性を備えていることを、改めて実感した。そんな彼の才能に敬意を込めて・・・・・・




おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★★★









長谷川 和芳
長谷川 和芳

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

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1969年、福岡県ディープエリア筑豊生まれ。開店休業中の雑誌編集者。九州ウォーカー、某弱小エアラインの機内誌の編集長を経て、なぜか今は京都の旅館の運営が業務の中心。あと染織作家である家人の話し相手など。