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長谷川和芳 | 転がる石のように名盤100枚斬り 第97回#4 Highway 61 Revisited (1965) - BOB DYLAN 『追憶のハイウェイ61』- ボブ・ディラン
ザ・ローリング・ストーンズの最高傑作の一枚と目される『メイン・ストリートのならず者 Exile on Main St.』を、僕はこの歳になるまでちゃんと聴いてなかった。なぜなら、「サティスファクション」とか「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」といったド名曲が、このアルバムには入ってなかったからというのは、連載第94回で述べた通り。
今回のお題である、ローリング・ストーン誌が選ぶ『史上最も偉大なアルバム』(2003年発表・2012年改訂版)4位にランクインした、ボブ・ディラン6枚目のアルバムを若い時分に手に取ったのはその裏返しと言っていい。つまり、このアルバムには、筑豊の田舎育ちのティーンエイジャーさえぶっ飛ぶくらいのド名曲が収録されていたからだ。
アルバムのオープナー、ご存じの「ライク・ア・ローリング・ストーン Like a Rolling Stone」だ。
ジョン・レノンの家でこの曲を聴いたというポール・マッカートニーは「時が永遠に続くように思えた。とにかく美しい曲だった。ディランは俺たちみんなに"誰もがもう少し前向きに生きられるんだ"ということを教えてくれた」という言葉を残している(『ローリング・ストーン』日本版記事より)。
また、ブルース・スプリングスティーンは曲のイントロを評して「スネア・ドラムの響きは、まるで誰かが俺の心のドアを蹴破ったかのようだった」と述べている(『ローリング・ストーン』アメリカ版記事より)。
ディランは、曲のサビで“いま、どんな気持ち?(How does it feel?)”と、繰り返し問いかけてくる。僕はずっと、「なにかから解き放たれて自由になって、いま、どんな気持ち?」と問うているのだと思って聴いていた。アル・クーパーのハモンドオルガンの音色が印象的なアーシーな演奏と、ディランのゆったりとした大らかなヴォーカルに身を委ねているうちに、大平原を旅しているかのような開放感に包まれる。味わったことないけど、「自由」ってきっとこんな感じだろう。
「ライク・ア・ローリング・ストーン」を聴きたい一心で手に取った『追憶のハイウェイ61』なのだけど、結果的にディラン入門としてはベストの選択だったと思う。80年代に青春を送ったあんちゃんでもとっつきやすいアルバムだったんだもの。
次作の2枚組アルバム『ブロンド・オン・ブロンド Blonde on Blonde』で、ディランはよりアーティストとして深化した音楽を聴かせるが、レイドバックした印象も強い。一方で『追憶のハイウェイ61』のディランはまごうことなき「ロック・スター」なのだった。こんなに「カッコイイ」ディランは後にも先にもないんじゃないか。
アルバム自体は「フォーク・ロック」にジャンル分けされるけど、「トゥームストーン・ブルース Tomstone Blues」はガレージっぽい手触りのカントリー・ロックだし、「ビュイック6型の思い出 From a Buick 6」はファンキーなブルース・ロック。 でこぼこな道をクルマで走っているような不思議な感覚のタイトル・トラック「追憶のハイウェイ61 Highway 61 Revisited」も、ディランのヴォーカルにキレがあってよい。
「ロック=カッコイイ音楽」と思い込んでいたニキビヅラの十代のハートにも、このアルバムは響いた。
そして、ここでのディランはカッコイイだけじゃない。ピアノの音色が清々しい「クイーン・ジェーン Queen Jane Approximately」は美しいバラードで、終盤の「親指トムのブルースのように Just Like Tom Thumb's Blues」は旅の終わりを予感させる優しさを湛えたナンバーだ。
ラストの11分21秒の大作「廃墟の街 Desolations Row」は、このアルバムで唯一のフォーク・フォーマットのナンバー。ギターのフレーズがはかなげで、心にしみる一曲。しかし、こんなにやさしい曲調なのに、なんで「廃墟の街」なんていう殺伐としたタイトルなんだろうね。
・・・・・・などと、疑問に思ってはいけない。なぜなら、曲の印象とリリックの内容が必ずしも一致しないのは、これまでレヴューしたアルバムで学習済みだからだ。やさしげな曲のリリックがやさしいわけではない。そこを深掘りすると泥沼にハマる。
とは言え、やっぱり気になる。また、今回も改めてリリックに目を通してしまった。
「廃墟の街」には、さまざまな人物が登場する。シンデレラ、ノートルダムのせむし男といった童話枠から、にカインとアベル、ノア、よきサマリア人といった聖書枠、ロミオ、オーフィリアといったシェクスピア枠、ベティ・デイヴィス、アインシュタイン、エズラ・パウンド、T・S・エリオットといった実在の人物まで多岐にわたっている。そのうちの何人かは「廃墟の街」に囚われていて、また何人かは「廃墟の街」を目指している。「廃墟の街」ってのは、あれかね、アメリカのメタファーかね。
この曲以外にも、人名が散りばめられた楽曲がある。「トゥームストーン・ブルース」では切り裂きジャックやガリレオ、セシル・B・デミルなど見覚えのある名前から、ベル・スターなんていう知らない名前も登場。彼女は西部開拓時代の女性アウトローなんだって。狂躁的なタイトル・トラックではフランスのルイ国王などが登場。「クイーン・ジェーン」の主人公は、実在のイギリスの女王らしい。
なんで、こんなに人名が出てくるのか。
2020年に、ディランの8年ぶりの新曲として評判を呼んだ「最も卑劣な殺人 Murder Most Foul」は、「廃墟の街」との曲調の類似性がリリース当時指摘されていた。「最も卑劣な殺人」はアメリカ大統領、ジョン・F・ケネディをキーとして、1960年代の世相を活写した曲だ。こちらにもさまざまな人物が登場するが、ビートルズやウルフマン・ジャックなど、基本的にはケネディ暗殺の前後に活躍したアーティストや、アメリカの歴史上の人物に限られている。
一方、「廃墟の街」の方は虚実が入り混じり、時代もバラバラ。それは『追憶のハイウェイ61』に収録されているほかの曲も同様だ。そのせいもあって、混沌とした印象を受けるし、寓話的な意味があるのではないかと勘繰ってしまう。
まぁ、勘繰ったところで、僕の貧弱な知識ではディランの真意はわからんのですけど。
やたらと人名が登場する件は横に置いておく。それよりも、衝撃的だったのは「ライク・ア・ローリング・ストーン」のリリックだ。なんとこの歌は、かつての栄華が色褪せ、セレブリティの地位から転落する女性を描いたものだった。
「大平原を旅しているかのような開放感」? まったく違うし。
一説ではアンディ・ウォーホルのミューズとして知られるイーディ・セジウィックについての曲だとか。確かにイーディはディランと付き合っていたのだけど、それは『追憶のハイウェイ61』制作時期前後のことで、実際にイーディがドラッグのせいで落ちぶれていくのは、ディランと別れた1966年以降なので、この説は眉唾だ。
おそらく主人公は架空の人物だろうし、もしかしたら、これまたなにかのメタファーかもしれない。ベトナム戦争で負けて威信を失うアメリカの姿を予言していたとか。・・・・・・いや、これ、考えすぎ。
やはりリリックは深掘りしちゃいかん。いくらそこを突き詰めても、『追憶のハイウェイ61』がなぜロックの名盤たり得たかという問いに対する答えは見つからない。
制作の背景に当時のアメリカの世相があったことは間違いないだろうし、世代間、人種間、そして体制と反体制間の軋轢は隠しようがないほど広がっていた。ディランが描いているのは、そんな混沌とした世界だ。
そして、ディランが問いかけてくる。「こんな世界でどう生きていくんだい?」
そう考えると、アルバムから人々が受け取ったメッセージは、やっぱり「自由ってどんな感じ?」だと僕は思うんだな。
こんなひどい世界でも僕らは魂の自由を手放してはいけない。そう思わせてくれるから、このアルバムは傑作なのだ。
おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★★★★
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