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酒場SAKABA

山口洋(HEATWAVE) | 博多今昔のブルース Vol.1〜風林火山のかずちゃん

山口洋(HEATWAVE) | 博多今昔のブルース Vol.1〜風林火山のかずちゃん

photo by 三浦麻旅子


風林火山のかずちゃん


 1980年代後半。


 その焼き鳥屋は親不孝通りの入り口と、春吉の国体道路沿いにあって、(春吉には今でもあるけれど、残念ながら昔の趣はもうない)ほぼ毎日僕はそこに入り浸っていた。


 屋号は風林火山。


 2000円あれば、お腹を満たし、酩酊し、明日の夢を語ることができた。一言で言えば、そこは大人になるための社交場で、愛と夢と希望と挫折と忍耐、エトセトラ。感情の交差点でもあった。カウンターに並んだ客の顔にはそれまでの人生が刻まれている。知った人も知らない人も、真ん中で焼かれる絶品の焼き鳥に舌鼓を打ちながら、次第に打ち解けていく。


 カウンターだけの店をまとめているのはダミ声の通称かずちゃん。彼のヴァイヴスが店中に立ち上る煙とともに充満していて、サラリーマンもアマチュア・ロッカーも等しく人として扱われ、袖触れ合うもの同士、打ちとけることができた。その人がどんな職業であれ、分け隔てのない世界。


 バイトで疲れたときも、バンドがうまくいかないときも、どんなときもかずちゃんは優しかった。同じ体温で迎えてくれる。それは無言の励ましと言ってもよかった。


 おそらく、客の職種に合わせてかずちゃんは塩分を調整していたはずだ。ガテン系の僕らにはきつめに、オフィスワーカーには薄めに。


 豚バラ、ハツ、砂肝、レバー、せせり、四ッ身の梅肉和え、牛さがり、手羽先、エトセトラ。あれから30年以上経過しているのに、メニューと味をソラで思い出せる。


 とにもかくにも。未だに彼の焼き鳥を超える人物に出会っていない。ネタは小さく、手でちぎられたキャベツは食べ放題、値段は極限までチープで、炭火を巧みに操り、高所から塩と胡椒を振り、絶妙の焼き鳥を焼き上げる姿は神業と言ってもよかった。


 デビューが決まって上京する前日。


 かずちゃんにどうしても聞いておきたかったことがあった。彼がいれる焼酎「かごしま」、6対4のお湯割り。他の店員が入れても「その味」にはならないのだ。かずちゃんのは実にまろやか。五臓六腑に優しさが沁みこんでくる。なにか、そこに音楽に通じる奥義を感じていた。


 かずちゃんは僕にこう言った。


 「秘密なんだけど、特別に教えるね。ヒロシちゃんに焼酎をいれるとき、こころのなかで美味しくなってねって、つぶやくったい」。


 さっそくその場で実験してみた。ほんとうに味が違うのだった。それは僕が故郷の酒場から受け取った最高の贈り物で人生哲学。


 かずちゃんは独立して、野間で「焼き鳥かず」を営んでると聞いた。


 30年も経ったけど、あの奥義のお礼を云いに行かなきゃ。 



焼鳥かず 

福岡市南区野間2-7-18

(092)541-9835


博多今昔のブルース Vol.2

山口洋
山口洋

山口洋 HIROSHI YAMAGUCHI

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ヴォーカリスト、ギタリスト、ソングライター、プロデューサー、そしてランナーにして、スノーボーダー。

1979年、福岡にてヒートウェイヴを結成。1990年、上京しメジャーデビュー。現メンバーは山口洋(vo.g)、池畑潤二(ds)、細海魚(key)。山口洋がソロツアーの旅で新たな曲をつくってバンドに持ち帰るというスタイルで、ほぼ全曲の作詞と作曲を担当する。1995年の阪神・淡路大震災後、中川敬(ソウル・フラワー・ユニオン)と「満月の夕」を共作。2011年の東日本大震災直後からは「MY LIFE IS MY MESSAGE」プロジェクトのさまざまな活動により、福島県の相馬をピンポイントで応援し続けている。仲井戸麗市、佐野元春、遠藤ミチロウ、矢井田瞳ら国内のミュージシャン、ドーナル・ラニー、キーラらアイルランドを代表するミュージシャンとの共演も多い。
http://no-regrets.jp