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世界放浪 ~シヴァ神と仙人サドゥ~ Vol.7

世界放浪 ~シヴァ神と仙人サドゥ~ Vol.7

シヴァ神の聖都バラナシへ


インドにはサドゥという仙人がいる。しかも、推定500万人も。基本的に全裸で、全身に灰を塗り付けるので肌は白く見え、大麻を吸ってにこやかに笑っている。彼らに会いたくて、シヴァ神の聖地・バラナシへ向かった。


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そもそもシヴァ神と直接関係のない仏教の聖地であるブッダガヤに来たのは(前回記事参照)、バラナシ行きの寝台列車の席が全く空いておらず、たまたまガヤ行きのTatkal席(特別に確保されてあり出発直前に割高で売り出される席)が残り1席だけ空いていたからだ。逆方向から来た旅人からガヤが良かったと何回か聞いて興味も出ていた。


この1席が取れたのは、コルカタの宿サンタナロッジ宿の管理人をしていたとおるさんがインターネットでサッと予約をしてくれたお蔭である。さすがIT大国インドというべきか、予約サイトはよく出来ており、その分初回の登録はかなり手間がかかる。鉄道予約の本家のIRCTCサイトはインドに銀行口座もしくはそれに紐づいたクレジットカードを持っていないと予約できないようになっている。一方、Cleartripというサイトは支払い方法がAmazon Payまで揃えられていてインド以外のクレジットカードも使えるものの、登録認証までにIRCTC経由で個人のスマホのSMSとE-Mailそれぞれへ配信された認証番号を両方入力しないとクリアできない。その時点で未登録だったので、自分一人で予約しようとすると残り1席には間に合わなかっただろう。

(※ただし可能な支払い方法が頻繁に改善されてサイトもバージョンアップされるので、上記が最新情報ではないことにご注意ください。)


旅をしていると幸運な偶然、セレンディピティを信じるようになる。あ、こういうことが起きるのは、神様がそうしろと勧めているんだろうな、これも何かのご縁だから乗っかってみるか、と。12年前も同様の経験をしているのだが、自分のこだわりをある程度ゆるやかにしておき、旅が自ら放ち始める流れに対してふんわりと漂うように、柳のように構えていれば、それは向こうからやってくる。

そういうときは、一見遠回りに見えても、今回のマハーボディー寺院のように味わい深い体験が待っていたりする。


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マハーボディー寺院を出て裏手を歩いていると、男性たちが8人くらい立ち飲みでチャイを飲んでいる食堂があった。人気があるなら間違いないだろうとチャイを頼み、奥の席に座って一息つく。店の前の鍋でぐつぐつと沸騰していたチャイが、厚手で細長く、背の低いガラスのコップに並々と次がれて出てくる。作り方はロイヤルミルクティーに近いもので、砂糖たっぷりが鉄則。そして生姜を入れる場合が多い。甘さのバランスが良くやはり美味しかったのでもう一杯頼む。


リキシャでガヤ駅の切符売り場に戻ると、バラナシ駅行きの電車は5時間後の14時台。距離に関わらず全て寝台列車が運行しているようだが、予約できる等級席の切符は売り切れ。窓口のスタッフは、頑丈な鉄柵の奥でパソコン画面をこちらに示しながら、キャンセル待ちが90人近くもいることを示す。

シヴァ神フェスの時期の混み具合は半端ではない。失敗した、近距離だからと油断したが、とおるさんにお願いしてこの切符も買っておくべきだった。仕方がないので、数に上限のない最下等の一般席のみ買う。ここもこの時期は乗車率200%を超え、東京の満員電車並みの混雑だろう。仕方ない。4時間半250kmがたった92ルピー(147円)。


切符売り場に並んだときから、明らかに一人だけ外国人である私に2人の物乞いの女の子がまとわりついていた。切符を買い終わったことを見届けると、盛んに私の服を引っ張り、指を蕾の形にして口に繰り返し当てる。お金をくれと言っているのだ。

生まれたときからカースト制度にも入っていない不可触民であり、物乞いも彼女たちが生きていくための仕事だ。周りを見回し、この子達以外には物乞いの子どもがいないことをさっと確認して(お金をくれという子が際限なくやってくるのは流石にこちらも疲れる)、切符のおつりから1ルピー(16円)のコイン1枚ずつを彼女たちに渡す。受け取るや否やあっという間に踵を返して走り去っていく。

小さな子たちの仕事なのだと頭では分かってはいても、物乞いに慣れていない日本人の私は複雑な思いを捨て切れない。


今日は寝台列車で早朝4:55にガヤ駅に到着し、そのまま夜明けのマハーボディー寺院に向かい歩き回ったので猛烈に眠い。待合室のベンチで横になってしばし爆睡する。


ガヤ駅の食堂で昼ご飯(もちろんカレー)を食べ、ようやく鉄道がやって来ようという時間。ホームのベンチに移動すると、隣に座っていたインド人男性が話しかけてきた。

「どこに行くの?」

バラナシ行きの切符を見せると、「ジェネラル席?本気で?」と大笑い。

「全く席が無くて、順番待ちが90人もいたのよ」

と答えると、

「やめた方が良い。初めて乗るには大変な席だよ」

と真剣な面持ちで言う。

「俺はAmit(アミット)。バラナシに住んでいて、ガヤでのツアーガイドの仕事を終えて帰るところだ。俺もジェネラル席だが、一緒に3等席を交渉してみよう。200ルピー(320円)を支払うのは構わないか?それと、この切符を預かっていいか?」

切符を預けるにはリスクがあるなと思ったが、もし嘘をついているとしても切符代はたかが知れている。何より、このインド人がなかなかいい眼つきをしているので、思い切って任せることにする。


おんぼろで長い寝台列車がホームに入ってくると、Amitはさっと駆け出した。信用して大丈夫だったかなと心配になりながら待つ。どの等級の席もキャンセル待ちが大勢いたのに、席を取ることなんて果たして出来るだろうか。疑念の雲がもくもくと湧いてきて、急に時間の進みが遅くなったように感じる。


しばらくしてAmitが戻ってきて、ほっと安堵する。しかし、表情が優れない。

「3等の車掌と交渉したんだが、500ルピー(800円)と言いやがった。高過ぎる。何とかして見せるから、とにかく3等に乗ろう」


えっどういうこと? そんなことしていいの? だって席はいっぱいでしょう。

列車がゆっくり動き始めたので、開けっ放しのドアから慌てて3等に乗り込む。Amitは寝台席に座っている乗客たちと言葉を交わして、

「よし、ここに座って待ってて。もう一度車掌と交渉してくる」

そうか、昼間は寝台列車では寝ずに座っているだけだから、横にならない分、スペースが空いている。このスペースは一体何人分なのか曖昧で(中には横になって昼寝をしている人もいるし)、最新鋭の予約サイトや切符売り場の予約システムには反映されていない気がする。もしかして、Amitはここに座る権利を車掌に交渉しに行っている?


Amitが車掌を連れて戻ってきて、

「ごめん、300ルピー(480円)にしか負けられなかった。それでもいい?」

私としては、この値段で快適な移動ができるなら棚からぼた餅で万々歳。二人それぞれ300ルピーずつ支払う。車掌は、びっしりと予約者の名前が印刷された座席表の紙に何やら書き込み、Amitと私の切符の裏にも何やら書き込み、切符を返してくれた。


高度なIT技術を持ちながらも、デジタルの隙間を縫ってアナログな交渉ができる余地があるインドが、人間臭くて好ましく何だか笑ってしまう。




Amitは、車内販売のチャイを買ったり、新聞紙に包まれた落花生を買ったりして、その度に私にも分けてくれる。

30歳でバラナシに奥さんと4歳の子どもと住んでいるそうだ。観光会社に勤め、主に仏教徒であるタイ人団体のツアーガイドを務めている。今回の仕事はタイ人美女ダンサーグループだったと嬉しそうにスマホで写真を見せてくる。

ふいに、Amitが水をくれと言うが早いか、返事をする前に私のペットボトルに口をつけないようにして水を飲んだ。

あ、これなんだな、と思う。インド人は物の所有の概念が薄いと聞いていた。他人のものは俺のもの、俺のものはみんなのもの。えらく自然な所作で他人の水を飲むんだなあ、と感心する。


陽が完全に沈み、しばらくしてガンジス河が見えてきた。闇の中、岸辺が明かりで縁取られ、それが川面に反射して暖色の宝石のように輝いている。聖なる河との初の対面に心が躍った。

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徳田 和嘉子
徳田 和嘉子

徳田 和嘉子 WAKAKO TOKUDA

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自由業。CROSS FM元代表取締役社長、経営破綻寸前だった同社を再建。
2019年2~3月、仙人サドゥに会いたくてインドへ。昔は「東大生が教える!超暗記術」(ダイヤモンド社)を出版し、印税を使って52ヶ国世界一周ダンナ探しの旅をしていました(http://www.tokuwakako.com/)。