文化CULTURE

長谷川和芳 | その映画、星いくつ?第2回 2023年3月 『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス 』『フェイブルマンズ』

「月に2本」という限られた枠のなかでいい映画を見極め、劇場に足を運び観た作品をレヴューするという企画。


日本時間313日(月)に発表された第95回アカデミー賞では、下馬評通り『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が主要7部門で受賞。助演男優賞を受賞したキー・ホイ・クァンの喜びようが泣けたよね。いろいろと苦労したみたいだものね。よかった、よかった。


『エブリシング・エブリウェア~』はアカデミー賞発表直前に鑑賞したけど、劇場は3割も入ってなかった。発表後はきっとにぎわったことだろう。


3月は金沢旅行に、出張に、花見に、実家(田川郡)のご機嫌伺いと、なにかと忙しかったけど、隙間を縫って劇場へ。本当は『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』も観たかったんだけど、時間が合わず。やはり月2本くらいが、ちょうど良いんだろうな。



3月の獲れ高】★★★★★★★★★


では、3月のおさらいを。



1本目

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス

公式サイト: https://gaga.ne.jp/eeaao/



2023311日(土)中洲大洋映画劇場

事前期待度 ★★★★★

獲れ高   ★★★★1/2


上でも触れたとおり、賞レースで圧倒的な強さを見せつけた一本。終始、手に汗握る展開で、涙あり笑いありの娯楽大作であった。


その一方で、実はテーマは重め。「人間はあまりに小さく愚かだし、生きることは無意味だ」という「虚無」に飲み込まれないように生きるにはどうすればいいのかと、観客に問いかけてくる


それに対し、映画内で提示される答えは3つ。

「親切であれ」「楽天的であれ」「自分の価値を信じて、自分らしく生きろ」

こう並べてみると月並みだし、哲学的と言うには当たり前すぎる気もする(だからこそ、心に刺さるわけだけども。Be kind!


同じことは、映画全体にも言えて、テーマが「家族愛」や「夫婦愛」というフレーズに回収された途端に、安直でご都合主義な展開に思えるんだなぁ。


でも、この映画がその程度の作品だったら、ここまで爆発的な反響を呼ぶことはなかったと思う。家族や夫婦の絆が描かれているのは確かなんだけど、映画の本質は主人公エヴリンの成長譚であり、彼女が懸命にニヒリズムに抗う姿を描いている。人生を悔い日々フラストレーションを溜め、自暴自棄に陥りつつあったイヴリンが、闘いを経ることで自らの人生に価値を見出す過程を、僕らは目にし、勇気づけられる。この映画が広範な支持を集めた理由はここにある。


もしかしたら、この映画はイヴリンの内的葛藤を視覚化したものかもしれない(そうじゃないと、辻褄が合わないこともあるし)。


★半分期待度に及ばなかったのは、そもそも、期待度が高すぎたってことで。個人的には、限りなく満点に近い作品。


Be kind!



2本目

フェイブルマンズ

公式サイト: https://fabelmans-film.jp 



2023318日(土)中洲大洋映画劇場

事前期待度 ★★★★

獲れ高   ★★★★1/2


スピルバーグの映画作家としての深さに圧倒される一作。


映画についての映画であり、その観点から考察すると映画の魅力や恐ろしさが浮かび上がってくる。でも、スピルバーグがもっともスクリーンに描き出したかったのは、自分の母親の生き方だろう。


主人公サミーの母、ミッツィの存在の生々しさ。天真爛漫、自由奔放。しかし、あるときから彼女の心は埋め難い喪失感に支配される。ミッツィを演じるミシェル・ウィリアムズは、心に開いた深くて暗い穴を空っぽの表情で表現している。おみごと。


劇中でスピルバーグはサミーと母親との共通点をことさらに強調する。曰く「母親譲りの芸術家気質」。「アートと家族に引き裂かれる」というのは、予告編でも引用されたセリフで、母・ミッツィの行動原理も、なんとなくその文脈に沿っているように描かれる。


でもさぁ、フェイブルマン家を壊すのは、「アート」ではなく、ミッツィの「エゴ」なんだけど。「アート」を持ち出すのは、スピルバーグが母の自己中心的な生き方を美化し正当化したかったからじゃないの?


でも、ふと思った。ここで言う「アート」ってなんなんやろ?


映画を撮り始めたサミー=スピルバーグにとって初めての(唯一の?)ミューズは母親だった。彼女の振る舞いだけではなく、生き方そのものがスピルバーグにインスピレーションを与えたわけだ。つまり、母が体現する「アート」とは、ピアノ演奏など音楽的な才能を指すわけではない。母の生きざまそのものが、スピルバーグにとっては、「アート」だったんだ。


そのことは、父・バート(演じるはポール・ダノ)も理解していた。だから、彼は、ずっとミッツィを愛し続ける(泣かせる)。


映画の最終盤のバートのつぶやきによって、映画タイトルの意味が初めてわかる。『フェイブルマンズ』つまり「フェイブルマン家の人々」。たとえ、バラバラになっても家族は家族のまま。そうスピルバーグは信じているし、そのことをこの映画で、いまは亡き母に伝えようとしているんじゃないか。


映画を観ていると、サミー=スピルバーグにとって映画は現実から逃避するためのシェルターだったはず。その原則を曲げて、自分の心に傷痕を残した母親をスクリーンに再生し、過去・現実と向き合うスピルバーグの覚悟。しびれた。





4月はこの映画に賭ける!】


先月とは打って変わって、4月公開の映画で観たいものがない。僕はいつも、「Filmarks」というアプリで公開作をチェックしている。2月から、そのアプリの「公開予定作」のコーナーを何度も見返したのだけど、「劇場で観ねば!」というモチベーションを駆り立てるような作品が、4月は見当たらない。


47日(金)には、ブレンダン・フレイザーがみごとアカデミー賞主演男優賞を受賞した『ザ・ホエール』が公開。秀作であることは間違いないけど、劇場じゃなくてもいいかも。


同日、ナイト・シャラマン監督の新作『ノック 終末の訪問者』もお目見えするけど、この監督の映画は、劇場で観ると十中八九「金返せ!!!!」と言いたくなるので却下。


まぁ、長い人生、こんなこともありますよ。


 今月はめぼしい作品がないということで、2本のうち1本は331日(金)公開の『生きる LIVINGで決まりか。アカデミー賞では脚色賞(カズオ・イシグロ)と主演男優賞(ビル・ナイ)にノミネートされたが、無冠に終わっている。


黒澤明監督・志村の名作『生きる』を、イギリスと日本のハイブリッドなノーベル賞文学賞作家、カズオ・イシグロが脚色したということで、絶賛一色かと思いきや、「黒澤のオリジナルと比べてあーだこーだ」という批判も、日本国内ではあるみたい。


しかし、大丈夫。なぜなら、僕は黒澤版は観てないから。比べようがないので、色眼鏡抜きで楽しめるはず。


主演のビル・ナイは、キャリアを眺めるにあまり作品を選ばない人みたい。個人的には、ゾンビ・コメディの超傑作『ショーン・オブ・デッド』の養父役が印象深い。彼が死を間際にした人物というこのうえなくシリアスな役柄を、どのように演じるかにも注目したい。


さて、問題はもう 1本。こんなときは、単館系シアターのプログラムをチェックするに限る。福岡市内には単館系は2つあるけど、そのうちの1つはあまりにスクリーンが小さいので、足が向かない。


もう1軒は、天神は長浜、KBCシネマだ。ホームページを確認してみたところ、414日(金)公開の『聖地には蜘蛛が巣を張る』なる映画を発見した。タイトルが思わせぶりで良い!


監督は鬼才アリ・アッバシ……知らん。


劇場の解説によると「聖地を揺るがす実在の殺人鬼スパイダー・キラーによる娼婦連続殺人事件。」だそうな。聖地とはイランの街、マシュハド。トレーラーを観ると、宗教問題も絡んできそう。


Rotten Tomatoesの観客支持率が若干低いのは気になるけど、劇場に行かないと一生観る機会がなさそうではある。さて、どうしよう。




4月の2本★ 期待度は5点満点


決めました。


実は僕の大学の卒論テーマは、カズオ・イシグロだったのだ

生きる LIVING

期待度 ★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:評論家96 観客87% 

2023331日(金)公開

2022年製作/イギリス映画/上映時間102

監督:オリバー・ハーマヌス

出演:ビル・ナイ、エイミー・ルー・ウッド ほか

公式サイト:https://ikiru-living-movie.jp

https://youtu.be/U7t0IMh7kjY


なんか良さげに思えてきた。ちなみにカンヌで女優賞受賞

聖地には蜘蛛が巣を張る

期待度 ★★★1/2

Rotten Tomatoes 支持率:評論家83 観客70% 

2023414日(金)公開

2022年製作/デンマーク、ドイツ、スウェーデン、フランス合作/上映時間118

監督:アリ・アッバシ

出演:メフディ・バジェスタニ、ザーラ・アミール・エブラヒミ ほか

公式サイト: https://gaga.ne.jp/seichikumo/

https://youtu.be/u8hHvcgeB9M



吉と出るか凶と出るかは、来月のお楽しみ!


第3回 2023年4月 『生きる LIVING』『聖地には蜘蛛が巣を張る』

第1回 2023年2月

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

1969年、福岡県のディープエリア筑豊生まれの編集者・ライター。414Factory代表。メインの業務は染織作家の家人の話し相手。