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長谷川和芳 | 転がる石のように名盤100枚斬り 第83回 #18 Born to Run (1975) - BRUCE SPRINGSTEEN 『明日なき暴走』- ブルース・スプリングスティーン
背景は白。髭面の痩せた青年が、はにかんだような表情で何かにもたれかかっている。モノクロ写真の余白には「BRUCE SPRINGSTEEN」「BORN TO RUN」と細い書体で文字が並ぶ。
ローリング・ストーン誌が選ぶ『史上最も偉大なアルバム』(2003年発表・2012年改訂版)18位『明日なき暴走』のジャケットだ。裏返すと、髭の若者、スプリングスティーンがもたれかかっているのが、サックスを吹くクラレンス・クレモンスだとわかる。デザインも写真もカッコいい。構図といい、スプリングスティーンのポーズといい、スタイリッシュで上質なイメージ。
で、なんでタイトルが『明日なき暴走』なんですか・・・・・・。
後述するけど、タイトル・トラックである「明日なき暴走 Born to Run」は、明るい”明日”を信じ、歯を食いしばって今日を生きる若者が主人公。ある意味、”明日しかない”。この邦題を付けた日本のソニーの担当者は、アメリカン・ニュー・シネマの見過ぎだろう。
あと、1曲目の「涙のサンダーロード Thunder Road」。誰か泣いてるっけ??? このへんは歌謡曲やグループサウンズを彷彿とさせるセンス。
ブルース・スプリングスティーンにこの手の”ギャップ”がつきものであることは、第15回で86位の『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』をレヴューした際にも触れたので、深掘りはしない。
しかしだ、『明日なき暴走』で「ボブ・ディランのような詩を書き、フィル・スペクターのようなサウンドを作り、デュアン・エディのようなギターを弾き、何よりもロイ・オービソンのように歌おうとした」という、有名なスプリングスティーン自身のコメントには、ソニーが付けた邦題以上のギャップを感じてしまった。レコードを愛聴していた高校生のころの話。
ボブ・ディランはいいよ。デビューの時の売り文句は「ディランズ・チルドレン」だし。スプリングスティーンもディラン同様、詩人だし。デュアン・エディもいい。いいというか、そんなギタリスト知らんかった。
しかし、「フィル・スペクターのようなサウンド」とは? スプリングスティーンのストレートなロックンロールは、50年代ポップスを彩ったきらびやかなウォール・オブ・サウンドとかなりの隔たりがある。
さらには「ロイ・オービソンのように歌おうとした」? ロイ・オービソンと言えば、「オー・プリティ・ウーマン Oh, Pretty Woman」(1964年)があまりに有名。そのファルセットはメロウかつジェントル。一方、スプリングスティーンのヴォーカルは、豪快でむしろマッチョなイメージ。
しかし、五十路を越え、今回改めて『明日なき暴走』を聴いて、あのころの不明を恥じましたよ、おっちゃんは。
上に僕が書いたことなんざ、当のスプリングスティーンは百も承知なわけで、ここで彼が言わんとしていたのは、「サウンドの厚み」と「ヴォーカル表現の繊細なニュアンス」についてなのだった。
スプリングスティーンは頭の中でなっているサウンドをレコーディング・スタジオで再現することがなかなかできず、一時はライヴ・レコードにしようかとも思ったそうだ。それを乗り越え、半年をかけて完成させた「明日なき暴走」のアレンジは、まさにブルース流の「ウォール・オブ・サウンド」。ギターの音だけでも12回もオーヴァーダブしているという重厚な音作り。それにもかかわらず、疾走感があふれているのがすばらしい。
サウンドの厚みという点では、アルバムを通して、クラレンス・クレモンスのサックスも貢献度が高い。ドラマティックな「凍てついた十番街 10th Avenue Freeze-Out」「夜に叫ぶ Night」の主役は間違いなく彼だろう。
ヴォーカルのニュアンスがもっとも効果的に感じられるのは、ラストに収録されている9分35秒の大作「ジャングルランド Jungleland」。夜の街をさまよう人々を活写するスプリングスティーンのヴォーカルからは、言いようのない哀しみがにじみ出る。
スプリングスティーンが「ロイ・オービソンのように歌おうとした」のは、さまざまな感情を声に乗せることで、歌の登場人物に命を吹き込むためだということがわかる。彼らはアメリカのどこの街にもいそうな若者たち。一人一人が、さまざまな想いを抱えて暮らしている。
「夜に叫ぶ」の主人公は、昼間はボスにどやしつけられながら退屈な仕事をこなす。生きているという実感を手に入れることができるのは、夜、ハイウェイを車で飛ばすときだけ。
「裏通り Backstreets」では、街から抜け出ることができず、裏通りに身を沈めていく男たちの絶望が描かれる。
「ミーティング・アクロス・ザ・リヴァー Meeting Across The River」は、自分のことを大物に見せようと苦心するチンピラの話。
「涙のサンダーロード」と「明日なき暴走」は同じテーマを歌っている。いまはくすぶっていたとしても、いつかは陽の当たる場所にたどり着けると信じ、走り続ける若者たちの姿を浮き彫りにする。
“いつの日か、いつかはわからないけど
俺たちはあの場所にたどり着くだろう
心から行きたいと思いこがれているあの場所に
その時、俺たちは陽の当たる場所を歩く
でも、そのときまでは、
俺たちみたいな根なし草にできることは
ベイビィ、走り続けることだけなんだ”
(明日なき暴走)
1曲、1曲が短編小説のようで濃い。
スプリングスティーン曰く「これが始まりだった。その後20年にわたって、作品の中で、これらの登場人物の人生を追い続けることになった」(ブルース・スプリングスティーン著『ソングス』・1996年)
長い旅の始まりを告げる一枚は、いまもなお、まばゆい輝きを放っている。
おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★★★★
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