酒場SAKABA

山口洋(HEATWAVE) | 博多今昔のブルース Vol.12〜在日九州人として

 26歳まで暮らした福岡の街を出て、30年。すっかり関東や世界を行き来する暮らしの方が長くなってしまったけれど、いつだってこころは在日九州人。外国に行ったって、日本人ではなく九州人。その気持ちは変わらない。


 陸路で帰る九州は格別。関門橋を渡った瞬間、なにか熱いものが身体の中に流れてくる。歯茎で切れるあのうどんが喰いたくなったり、ラーメン屋に直行したくなったり、口の中がゴマ鯖になったり。全部、喰い物かいって、僕はそうだな。


 尊敬する故郷の先輩は福岡空港に飛行機が着陸した瞬間にスイッチが入って、九州の人に戻る。その様子は下手なコントよりも面白い。先輩。さっきまで標準語でしたよ、みたいな。


 僕は上空から海の中道の白い砂浜が見えたらスイッチ入るな。甘酸っぱい想い出が胃酸みたいにこみ上げてくる。


 閑話休題。


 関東に九州人のこころの拠り所が欲しくて、一時期真剣に仲間たちで利益を度外視した店を出すことを考えていた。屋号は「かえってきんしゃい」。働いてもらうのは博多弁バリバリの肝っ玉おばさん。暖簾をくぐると「おかえり!よー帰ってきたね」。勘定を済ませたら「また、帰ってきんしゃい」。


 九州人のミュージシャンが関東の女性と結婚したら、家庭内味噌醤油戦争が勃発する。生まれ育った味噌と醤油を大人になって変えるのはなかなか難しい。


 かくいう僕も以前は帰郷するたびに醤油を懐かしく感じていたが、このところ「甘い」と感じる自分が辛かったりもする。コロナのおかげで今年は一度も帰ることができなかったから、いったい次はどうなることやら、、、。


 いちばん好きな博多弁は言うまでもなく「なんしようと?」。「How are you doing?」の10倍便利な言葉。イントネーションを変えることによって、これだけ多くの意味をもたらす言葉を僕は知らない。さっき数えてみたけど7種類くらいはまだ僕も使える。


 うん。屋号は「なんしようと?」の方がいいかもしれん。暖簾をくぐって、「なんしようと?」。


 そんな店があったら、毎日通うんだけどな。



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山口洋 HIROSHI YAMAGUCHI

ヴォーカリスト、ギタリスト、ソングライター、プロデューサー、そしてランナーにして、スノーボーダー。

1979年、福岡にてヒートウェイヴを結成。1990年、上京しメジャーデビュー。現メンバーは山口洋(vo.g)、池畑潤二(ds)、細海魚(key)。山口洋がソロツアーの旅で新たな曲をつくってバンドに持ち帰るというスタイルで、ほぼ全曲の作詞と作曲を担当する。1995年の阪神・淡路大震災後、中川敬(ソウル・フラワー・ユニオン)と「満月の夕」を共作。2011年の東日本大震災直後からは「MY LIFE IS MY MESSAGE」プロジェクトのさまざまな活動により、福島県の相馬をピンポイントで応援し続けている。仲井戸麗市、佐野元春、遠藤ミチロウ、矢井田瞳ら国内のミュージシャン、ドーナル・ラニー、キーラらアイルランドを代表するミュージシャンとの共演も多い。
http://no-regrets.jp